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[ハワイ辞典ニュース]  2013年07月08日
皆さんこんにちは

ハワイに戻ってきたのはいいのですが、この時期、日本在住の皆さん特に「ハワイに行きたい!」モードが特に強くなるのか、ここ数週間、マシンガンのように来客に次ぐ来客…でした。 そしてマシンガンが打ち止めになったのはいいのですが、今度は小生が明日から、今年5回目の個別相談会で、日本、香港、マカオツアーが始まろうといたしております。。。

まずは来週日本でお会いする約30名の皆さん(お初の方、常連様、中くらい?の方、今回はどんな出会い(時として運命的なものがある…)があるのか?どんな発見があるのか?どんな刺激をもらえるのか? 今からドキドキ興奮しております。

さて、そんなことで、長らくメルマガを書く時間がありませんでした。今回は何について掘り下げてみようか???と、いろいろと検討した結果、前から発表したかったテーマの一つで、私がハワイで出会い、対話し、最終的にインスピレーションを受けた経験をベースに、これからの日本人が成功する(だろうと小生が勝手に思う)21世紀型のビジネスマン像とその発想法。というテーマ、行ってみたいとおもいます。

その前に一言。

今回も長くなります(二部構成です)ので、お手洗いに行くかた、今のうちにどうぞ。気長にご賞味下さい。



ビジネスでの成功。


まず、その前に、これから起業しようと思っている(若い)世代の方に是非、知っておいて欲しいことがあります。 それは、私の今までの拙い経験からわかったことですが、

学校の成績

起業してからの結果



まったく相関関係がない。

ということです。

そりゃ、学校の成績はいいに越したことはありませんが、だからと言って何か独立起業した際に学歴や学校で勉強したことが殊に役に立ったか?というと私の経験では「まったくない」が答えとなってします。 

因みに私は三流でありますが、一応アメリカの大学を出たのですが、アメリカの大学教育とて、私は本質的には同じだと思ってます。専攻は一応ビジネスでしたが、だからと言って、そこで何を勉強しましたか?と聞かれても「よくわからない」というのが私の答えになってしまいます。 要は勉強といってもテストにパスするために強要されたようなもので、何か特にそれにより、自分の実になった。という実感はありません。

とはいいますが、「多少ではあるけど、英語が喋れるようになった」とか「外人慣れした」といった点は今でも自分にとっての財産だとおもっております。

つまり、何を勉強したか?といった細かな点は実はどうでもよく、一つのこと(ジャンル)をある程度の時間をかけて、じっくり打ち込んだ結果、自分がどう変わったか? 何(どんな芸当?)が出来るようになったか? 

今振り返ると、かなり総論のような感じになってしまいますが、こちらの方が断然重要ではないかと今振り返ると思います。 


「学生時代は学業に専念しろ!」


というのはある意味、正論かともおもいますが、その結果として、例えば、学校の成績が良かったから、起業したら特別に融資を受けられた。とか、家を買うとき銀行利息が成績が普通以下の人よりも安くなった。。といったことは私の人生では、皆無(笑)ですので、そう考えると多少勉強したからといって大局的には「大したメリットはない」というのが、私がこちらで起業してみて約20年ですが、今の率直な気持ちでもあります。

むしろ、私が思うに、今まで出会った方々で、成績が良く、しかも超有名大学出身だったりするとその肩書きやプライド?が何かを決断する際に邪魔する傾向すらあり、起業するか、労働者でいるのか?の選択時に、迷いが生まれるのでは?とも思います。端的にいうならば「リスクを負って何かをしよう!」という発想になかなかならない(なれない)のでは?と。

余談ですが、私の経験ですが、以前誰かに教えてもらった金言なのですが、「女神はリスクを恐れず勇気を持って前進する奴にだけ微笑む」というのがあるのですが、起業してみると、それは本当だ。ということを常々感じます。 攻撃は最大の防御。。。(そりゃ大きなリスクを取って進めるわけですから、当然大きな失敗も多いです。がそれをもって余りある女神の微笑みも、「えっ!このタイミングで?」というときに、舞い降りてくる。(日頃から他のために尽くし、それを女神が認めてくれていた。という条件は無論ありますが)これが私の正直な実感です。

そう考えると、学校での成績など別に良くても悪くても大して関係ないと思っていただいて結構です。

という点は以前のメルマガでも何回もコメントして来た点かとおもいます。 が、今回はもう少々「本音トーク」していいですか?


というか極端な話、基本的に「学校で習ったことのすべて逆」行く。ことをお勧めします。

スティーブジョブズは、起業して会社が大きくなり新規採用をする際に、「海軍に行きたい」と思うような奴はいらない。そうではなく「海賊になりたい」と考える奴は俺に付いてこい。

と言ったそうです。が、要は既成の概念に従順な人間はアップルには要らない。という彼なりの表現方法であり、結果として10年後、20年後、「ジョブズDNA」を叩き込まれた当時の反逆精神旺盛な若者が、やがて大人になり、今までの常識を破壊した商品を連発できる「きちがい(失礼、‘スター’)集団を編成したことはご周知の通りです。

因みに、アップルの出現により、既成の7つの業界が、破壊された。または根底からビジネスモデルを変わらざるを得なくなった。。と言われております。

話が少々飛びましたが、今あなたはサラリーマンかもしれませんが、将来、こと起業をする。という観点から見れば、一般の人からの目から見れば、かなり浮くかもしれませんが、成功の法則の近道が、「人が行かない道を行く」こと。株用語でいう「逆張り」であれば、学校で習った一般的、社会通念上正しい。と言われている(思われている)点をすべて否定から入るべきだとおもいます。


多くの人が金科玉条のように、

勉強すればいい未来が待っている。

と云い、またほとんどの人が「それは真実である」。と信じ込まれてきているワケですが、それでは、その人に云う、「いい未来」とは何か? 


私の経験ですが、この必殺文句を云う人「彼ら」の立場を総合して代弁すると、「彼ら」のいう「いい未来」とは、つまるところ、



「いい労働者」になる。



と同義語である。と私には思えます。


いい労働者?→ ここポイント(後で詳細について解説します)


なんじゃそれ? 

 

いい未来の定義はいろいろとあるかと思いますが、このメルマガを読まれている方の多くは既に起業されている方(またはその準備中)かと思いますので、恐らく皆様にとっての、「いい未来」とは、単純明快、ビジネスが成功すること。とではないでしょか? 

それではここでもう一つ質問です。


その
ビジネスの成功 

と 
いい労働提供者になる。

ということは同義語でしょうか?


一億総フリーター時代が来る。とマスコミは毎日恐怖を煽るように、まるで制御不能な大問題が襲い掛かってくるようなスタンスで報道しているように私には観えますが、が、実は、見方を変えれば、これはひょっとしたら「凄い時代の幕開け」と観ることができるのではないかと。私は個人的には思っております。

 

一億総フリーター(「資本家」)時代 → ここポイント(後で詳細解説します)

に発想の大転換ができるかもしれない(少なくともその流れや目に見えない「圧力」は今後大きくなる)と私は思っております。

更に、もう一つ。

いい将来を語る上で、かならずセットになって論じられるポイントとして、

「勉強しろ」
が挙げられます。

また変な単語が出てきましたね(笑)

この「勉強」とは皆さん

何でしょう?


以前のメルマガでも触れた点ですが、そもそも中国語で「勉強」という語句の意味は、英語でいう「スタディー」には該当しなく、何か「努めを強要」される。という意味になるそうです。 

でも、ちょっと待って下さい。

「努めを強要される」

どうですか? あなたは、この文を読んでみて、どんな情景をイメージしますか?

そうです。 「強要される」 の好きですか?


興味のまったく湧かない学科や仕事を、毎日毎日、強いられて「勉め」させられる。。。

勉強とは、果たしてそういうものなの
でしょうか?





のっけから脱線しまくっている感で、スタートした今回ですが、小林護流ビジネス成功法「2013」は、そんな疑問点の投げかけ?および「私なりのそんな既成常識という目に見えないモンスター攻略法」のご紹介。という点をメインに語ってみたい。と思います。

※お詫び
今回は(も?)結構長くなります。と同時にこれから語ることは、私の勝手な意見であり、特定の第三者を誹謗中傷するものではございませんのご了承下さい。 また、恐らく99%の方は、これから述べる私の意見には「同調しない」でしょう。し、それは私自身、勿論わかっております。(というか私の意見はだいたいいつも奇形な少数派意見であることが多いです)
よって、もし仮にこれから語る私の傍若無人な意見にあなたが「同調する」のであれば、あなたはかなりの「変態」であり、またジョブズの云い方を真似するならば、「反逆者」予備軍。といえるかとおもいます。であれば、変態且つ反逆者であることに誇りを持ちましょう。


それでは進めます。

成功するためにはどうしたらいいか?

成功したいと強く祈る。
とか
成功するイメージを思い浮かべる。。。
とか
人の二倍も三倍も勉強、努力をする。

そういったノウハウ本をよく書店で目にします。


が、小生が思うに、まず第一に、興味のほとんどない分野とか、仕事とか、学生さんであれば授業など、形だけノウハウなどを学んだところで、私の経験上、「翌日には全部忘れて」おりますし、そんな怠惰な気持ちで取り組んだ「勉強」が身に付くわけがないのです。 ましてやそんな、「手抜き」作業の繰り返し的な経験が、何か社会にでてあなたの価値を向上させる特別な力を発揮する。ことなどありえないでしょう。

要するに、根本的な問題として、興味のない分野をいくらだらだらと「勉強」(強いられて努めさせられる)したところでそれは本当の勉強ではなく「ただの苦行」のようなものではないかと私は思うわけです。

ですが、これは仏教的な発想?(仏陀や達磨法師の苦行のように)なのか、殊に「M」(マゾ)タイプが多い日本人はそんな「苦行」を遂行することが「素晴らしいこと」とか「立派な大人になるための第一歩だ」とかあるいは、「苦と楽は同義語だ!」といった誤訳的な解釈をする傾向が強いとおもいます。


つまり「楽」の前には必ず「苦」がないと、どうにもおかしい。「しっくり」こない。なぜなら楽と苦は常に表裏一体だと自分は教わってきたし、且つ今でも自分はそれは正しいと思っている。から。という思考回路かもしれません。

だから、ある日突然、何等かの要因で、極めて楽(「極楽」)な状態に陥ると、逆にどこか落ち着かなくなり、、、「こんな楽なのは、何かがおかしいからだ!だから今から苦しみを味わいに行く(いや行かせてください!)。 あぁ神様こんな(極)楽は(息苦しさの極みです)もう止めてください。そうではなく苦痛を沢山ください! 自分は苦しみたいんです!!」。。。と。

※上記の文章はそっくりそのまま「あっち系」の官能小説の文章として使えるのではないか?と思えるほど「M」系であることに気づくのは私だけでしょか?

ちょっと話が回りくどくなりましたが、私が若い方(学生ならなお可)に教えたい奥義は、そのような抽象論ではありません。

それは、






「日本は資本主義経済だ」

という点を知りましょう。




です。

資本主義の認識???

なんじゃそれ?
それがあなたの成功するためのアドバイス?
本気で言ってるの?
拍子抜けした。
なにを当たり前のことを。。。。

などなど批難されそうですが(笑)

が、私が思うにそのような(資本)「主義」というルールに従う。という見解を日本という国家は公式世界に向けて伝えている(別に今更、伝える必要などないけど)にも関わらず、私が思うに、ほとんどの国民の行動様式は、そのせっかくの「資本主義」の本当のルールを中途半端にしか理解していない(或いは何等かの理由により、理解しようとしない)?のでは?

とか、あるいは、理解はしているけれど敢えてそれを理解していない「ふり」をするのが粋だと思っているのか?(さっき書きましたように、M気質が邪魔をして、資本主義のルールを追及したら成功した(楽になった)。でもこんな楽な状態になっていいわけない! きっとバチがあたるぞ。 だから今から祈って断食をする。とか、、、)などと逆読みしてしまったりしているのではないか?と。

理由はどうであれ、せっかくいいシステムがあり、それを知り尽くし、徹底運用によって成功している国々(そしてその国に住む人々)が一方である。にも関わらず、日本に目を移すと、ほとんど誰も、それを運用してやろう。と発想しない。 発想しないどころか、日本人の間では資本主義の話は「影でこそこそ」するものであり、一般的な話題として公共の面前で扱うことはタブー視されている。。 

と感じるのは私だけでしょうか?

話をつづけまして。

資本主義の運用?

とは?
どういう意味か?

また運用しない。とはどういう状態なのか?


その前に、今の日本人の「資本主義」観の理解度を別の方法で例えるならば、

皆さん、黒澤明の「七人の侍」という映画を観たことがある方も多いと思いますが、覚えてます? クライマックスの方で、三船敏郎(確か)演じる強面の侍が、村人を守るために、銃の使い方を村人に教えるわけですが、、、

村人は、銃など今まで撃ったこともなければ、見たことさえなく、何度教えてもダメで、困り果てた三船は

「よしよし、もうわかった! 銃はもう撃たなんでもいい。その代わり敵が襲ってきたらここをこうやって握って斧のように上からぶん殴れ!」

と要するに銃を銃として使うのではなく、こん棒のように振り回せ。と教えたわけです。

せっかく「銃」というパワフルな「新兵器」があるのにもかかわらず、それを「銃」とは何?が理解できないために、銃としてではなく、結局、変な形をしたもう一つの「こん棒」。だと思われてしまった。。 

多くの日本人の間での「資本主義」の理解度や運用歴は、例えると、こんな状況ではないか?と。 

そして、こん棒しか知らないから、結局、こん棒をうまく使う者になることこそが成功者であり、スターだ!
みたいな発想が正しい。 と本気で思ているようなフシもあるか。と。

個人が資本を運用しながら生きる。
とはそれでは、どんな状態なのか?

例えばですが、日本人の多くは複利の凄さよく知りませんし、一歩一歩歩くのが美徳と考え、資本をワープさせる発想(つまり金融資本にレバレッジをかけて一気に数倍にする発想)といっても理解してくれる方は少ないです。 また所得税とキャピタルゲイン税が分かれていることにもあまり注目しません。(ちなみに、こちらでは、このキャピタルゲイン税は共和党になると下がり民主党になると上がる傾向がある)


私が思うに、資本主義のルールで一番重要なことは何か?と問われたら、


資本を調達できる力。


と答えるかとおもいます。

資本主義とはどういう主義か?
というルールの解析や理解は勿論重要ですが、そこまでは、ある程度学習すれば見えてきます。

問題は、自分の力量として、どれだけ自己資本を含めたトータルでの資本調達(それを達成するためには、当然その前に「信用構築」が大前提になるが)が可能か? 

これが、資本主義という私たちが日本人である以上、従わなくてはならない「マスゲーム」のルールの内側で勝つための大きなポイントではないかと。


もっと感覚的にいうと、勝ちパターンは理解しているし、今やれば勝てる自信もある。でも肝心のゲームそのものに参加できない。なぜならゲームの掛け金(資金)が十分でないから。っという感じです。ここで勝負できる状態になれるかなれないか? 
資本主義という名のゲームを制するには、ここが実は大きな分岐点ではないか?と。(普通の人では(参加)できない。が、ごくまれに凄い人がいて彼らはできる。。。これが私がこのゲームを傍観した感想でもあります)

これは無尽蔵な富を蓄えた、ごく一握り(ピラミッドの頂点)の王様と、実際に軍事を取り仕切っている外部招聘されたプロの軍師(でも立場上は資本家と労働者の関係)との関係にちょっと似てます。 歩兵からみれば、両方とも偉い人。だけど本人同士の間では。。。

といっても、これもまた、一部の例外を除き、あまり理解されることはありません。

このように、いろいろと私は噛み砕いてご説明しているつもりでも、多くの方は、理解しません。し、前述しましたように理解しよう。という姿勢もあまり見せません。

なぜ理解しようとしないのか?

まるで「幽霊が出るから、あの屋敷に絶対に近づくな!」と村のオサから厳命された村人のように、呪文でもかけられているかのように、資本主義の世界からは距離を置くものであり、ましてやそれを勉強しよう。とか、よりによって「極めよう」。などという人を日本ではあまり見かけることはありません。また出てきたところで、出る杭を待ってました!とばかり、打たれまくり、また同時に賤人扱いされるのではないか?と。(

一方で、「和をもって貴しとなす」。とか、「滅私奉公の精神」。とか、いささか西側の人々にはほとんど理解されない(相容れない)ような禅的な発想などについては、余計な注釈一切不要で、瞬時に理解(以心伝心)されてしまう。。ともいえる。(これはこれで素晴らしい芸当なことは間違いないのだけれど、、、、)

だいたい一般的な日本在住日本人の資本主義に対するメンタリティーはこんな具合ではないでしょうか? 要するに日本人はとても器用で優秀な民族ではあるが、肝心要の部分の理解度が低い(しかも自分から距離を置きたがる)ために、結果的に、有事の際は自分で自分の首を絞めている状態になってしまうのではないか?と。

要するに、資本主義を採っていながら、実際にやっていることはぜんぜんそうではない、むしろ逆で、「ムラ社会」の延長線上とばかりに、社会主義的な発想を設置し、その光景を心の底から「喜んで」いるようにさえ映る。。。 しかもその発想を心の中で正しいことをしている。と信じて疑わない。

そう考えると、これはむしろ、
社会主義というよりも「全体主義」という方が的を得た表現かもしれません。


皆と一緒に頑張る。 
未来に向かって頑張る。

といったスローガンは確かに悪い言葉ではありませんが、だからといって、それじゃあなたが本当に死ぬくらい困っているときに、誰かが頑張ってあなたを本当に助けてくれるのでしょうか?

そうなんです。くどいようですが、資本主義なわけですから、上記のようなうわべだけの理解やスローガンではなく、これからはこの資本主義とは、本当のところはどういうモノなのか?を根本的にマスターすることをお勧めします。

ここまでかなり注釈が多くなっておりますが、
私がなぜ、資本主義をマスターしろ!などと、柄にもなく、学問的なことを勧めるのか?

その根本を追及していくうちに、だんだんと社会に出て見えてくる「矛盾」を紐解く光が見えてくるとともに、この一見何の問題もなく動いている社会を動かしている本当の舞台の裏側もチラチラと見えてくる。と私は思うからです。


例えば、

資本を持つとどうなるのか?  
資本を持てないとどうなるのか? 
資本はどうやったら手に入れることが出来るのか?
どうやって使うべきなのか? 
実際にうまく使った人はその後どうなったか? 

といった骨子の部分を細かく知ることにより、自分なりに「今」置かれている環境の自己矛盾(ダブルスタンダード)を解決させるための「光明」みたいなものが観えてくることでしょう。


日本でも「経済学」などと称して、資本主義について触れる機会があります。小学生でも一応「社会科」の授業でも基本は習ったりします。 が同時にその次の授業で、「道徳」や「数学」や「理科」やあるいは放課後の「部活」(体育会系)に入ると、資本主義がどうこう言っている場合ではなく、周りと同化することにより、体の芯から「全体主義」を叩き込まれる。。 そして、、、やがて、洗脳が終了する。 

ようは資本主義という言葉は知っていても、それを教える肝心の輩や社会全般が「全体主義」優先なわけ(全体主義者にあらずは、人間ではない。という原理主義者は今でも決して少なくないと思いませんか?)ですから、生徒も教科書に書いてあることは、なんとなく理解はできるが、いざ自分が社会に出て体験していることと、まったく違う世界に直面し、こっちが現実である点を知ることで茫然とし、自己嫌悪し、やがて去勢されていく。 


大体こんなサイクルではないでしょうか?

例えばこんなのどうでしょう?

あなたは、初対面の方に、「私は資本(お金)主義です」と真顔で云ったらどうなることでしょうか?


お金主義? 拝金主義か??? なんたる穢れな奴なんだ。。。

と、こんなステキな返球が待っているのではないでしょうか?(建前上、そう云わなくてならない。とわかっていたにしても)


私は上記の全体主義や根性論を実は100%否定するつもりはありませんが、それについての私なりの美学をコメントさせて頂けるのであれば、それは資本主義を100%理解している人間が別の顔として人様(資本主義はあまり理解していない。けれど心優しい方々)と一緒の目線で動く。という活動をすることに意味があるのであって

(たとえば資本主義というゲームの勝者の一人ビルゲイツは今後収入の9割を寄付する。と宣言した)が、これはビルゲイツのような勝者だから、自然に映る(機能する)のであり、一般市民が、「私はボランティアに一生を捧げます」といったところで、せいぜい、現場にいって掃除したり、資材を運んだり。といった確かにボランティアではありますが、土方と大差ない環境が待っているのではないでしょうか? そしてこれまた、ある日「本当に自分はこれがしたかったのだろうか?何かがおかしい…」と。

だいぶ飛びましたが、ビジネスで成功するためには、そのバイブル(いや「憲法」と呼ぶ方がしっくりくるかも)である「資本主義の神髄」という点を徹底的に攻略しましょう。そして資本を持つ人(資本家)とはどんな発想をする人々なのか?資本家と労働者は、どいう相関関係なのか? 自分が目指すのはどっちを目指すべきなのか?それともやはり、そんな下衆な社会は無視して生きるべきなのか? という点に、特に集中して解読してみてください。

また、同時に、できれば資本主義について学習する際、なぜ、長い歴史の中でこのような考え方が生まれたのか? という社会背景についても理解していると、もっと立体的に理解することができます。(たとえば王様や貴族が借金を返せなくなって没落した。という事実をあなたはどう理解しますか?)

余談ですが、
皆さん「資本主義」と「社会主義」どちらが古い?と思いますか?

よく社会主義など終わった古い学問だ!という人がおりますが、じつは民主主義よりも社会主義(共産主義)の方が歴史的には圧倒的に新しい考え方だとうことを知らない方も結構います。そしてなぜ、資本主義者は共産主義者を目の敵にするのか?それもこの原理原則を知ることで「なるほど、、、、」とすっきり頭に入ってきたりします。

こんな感じで固定観念を持って学習するのではなく、その当時の歴史(私のお勧めはヨーロッパ中世史)を同時に理解することで、資本主義の「本場」では、誰(どんなグループ)がどんな諸事情で、このルールを始めたのか?そしてそのルールに従って正しく動いた人はその結果どうなったのか?(更にそのゲームが進行する中で、どう力関係が逆転していったのか?)ということがいろいろ見えてきたりします。

もう一度いいます。 日本は資本主義を国策としてとっております。そして我々は日本国民である以上、その主義(ルール)に従って行動する必要があるわけです。 よってそのルールをまずは知らなければゲームの勝者になんてなれるわけはありません。 

でも実は、そんなに、眉間に皺を寄せたり、ことさら難しく考える必要はありません。 読んでもいきなりはわからない。かとおもいます(私も最初は全然理解できなかった)

そこでどうしたか? 

簡単です。

真似
すればいいのです。

要するに見様見真似(笑)です。
彼ら(成功者)が当時、執ったやり方を(当然、規模はまったく小さいですが(笑))できるだけ今に置き換えてみて、その手法を忠実にコピーする。

これの繰り返しでいいのです。

だって、そうおもいません?
この壮大な「マスゲームを作った人」の側の戦略プランを出来るだけコピーした方が勝率は上がるかと。


いかがでしたでしょうか?

長文ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
今回は、このあたりでお仕舞です。





となるつもりでしたが、書いてる途中でまったく違う視点も同時に、頭に浮かんできました。 よくよく整理してみると、ビジネス成功法にはもう一つまったく違う側面があり、先ほどの資本主義とこれから語ることは別々ではなく、ワンセットで伝えるべきか? それとも次回にするか? 迷いましたが、ここで一気にまとめることにしました(よっていつもの倍の原稿量っす)

ということで、ビジネスで成功する方法。として、ガラリと角度を変えた発想でコメントしてみたいとおもいます。資本主義を知っておけ!が前編であれば、こちらは後編です。

まず皆さん。

ちょっと先ほどの噺と被るのですが、

よく「頑張る」。とか、「一生懸命に」。。といった言葉を日本人は口にしますよね。 この言葉を聞くと、まるで魔法にかかったかのようにこっちも「よし頑張れよ!」などと、こちらもそんなトーンになってしまい、なんとなく話がまとまってしまうのが不思議ですね。

が、私はここに実は「洗脳」の要素が含まれていると感じております。 玉虫色にただ、「頑張る」という表記さえすれば、それですべては収まるのか?

私は、頑張る。という表現自体、先ほどの勉強する。(強いられる)と実は類似語である。。。と感じております。これじゃさっきの「苦行」に耐える。。。ような意味と変わらないではないか??と。(「がんばれ、でもここから先は自分で考えな!当然自己責任だ」と言われているのと同義語かと)

でも、そんな風に日本の方に、日本で「頑張る」という日本人が生まれながらに埋め込まれている(ある意味「M的な」)DNAについて、「頑張るな!」などと、私が否定的な見解を述べると、多くの方は私を「非国民」扱いし、中には「売国奴」と思われる方も少なくないかもしれません。

またそこまでいかなくても、

「これが現実だ!」 
「この空想家が!理想論ばかり語ってないで、現実をもっと直視しろ!」

と、これまたお決まりの議論に持ち込まれ、こちらも話を続ける気力も萎えてしまうわけです(笑)

私にいわせれば現実を直視するからこそ、常に頑張らなくてはならない位大変な、初めから苦行のような道は選ぶべきではない。という発想になるべきではないか。と。
でもやっぱり、この点もどうしても、理解されない(相容れない)点なのです。

頑張るな?

じゃどうすんだ??

やっぱ小林はアホだ。


私の知っている人で「絵描き」の方がおります。その人はいわゆる「抽象画」を得意としているのですが、私のような美術音痴にはその画がどれほど、素晴らしいのかあまり見当が付きません。 

が、まかりなりにも、その方はプロの画家として、その絵を売る。ことにより生計を立てている。(ようにみえる)わけで、やはり凄い。と一目置かざるを得ません。

私はその方の絵が凄いから、凄いと感じるのではありません。

そうではなく、その方が「好きなこと」をただ好きなだけ(おそらく無我の境地、我武者羅に、本能の赴くままに、世界を表現している(ように見える))からです。凄い。と感じるわけです。

彼の人生にはタイムカードも、給料も、上司も部下もボーナスも、(極端な話「時間という概念」さえも)ありません。

あるのは 

筆とキャンバス

だけです。

朝から晩まで描いてます。それが好きであり、(というか、好きを通りこして人生そのもの、あるいは「オタク化」してしまっている)朝から晩まで絵のことを考え、想像(空想)を張り巡らせ、世間が浮世離れした世界に身を置き、神が舞い降りるのを待つ。。。
という昇天に登る快感を味わう毎日の繰り返し。

私は彼に日本の(ハワイでも(笑))のサラリーマンが務まるとは思いませんし、また彼も絵をあきらめるくらいならホームレスになる。という道を選ぶでしょう。そしてホームレスになってもやはり絵ばかり描き続けることでしょう。 

ようは彼にしてみれば、世の中(シャバ)なんて下衆(下品)な場所であり、そんな世界になぜ、大の大人が真顔で居るの?(それこそ意味不明?)と。
彼からすると、「社会人」と称して何かに取り憑かれたかのような、洗脳されたカルトのような動きをする「労働者」こと理解できない対象物でしょう。 

逆もしかりで、労働することが正しい。と教え込まれている方々に彼のようなホームレスになってもいいから絵を描く。という発想はまるで常人に理解度を超えている。。。と感じることではないでしょうか?

実はこの状況の中に実はビジネス成功。のヒントが隠されてます。


鋭いあなたであれば、もうお分かりかとおもいますが、この画家の彼。に注目してみてください。 彼はいわゆる、知らない人から見れば、狂ったように絵を描く。ことしか頭になく(他の一般的な社会通念や既存社会の枠組みや、ましては「資本主義」などという点はもっともかけ離れた世界の住人でしょう。

また、当然のように、恐らく生涯独身(結婚生活のような社会の複雑な枠組みがもっとも苦手)かもしれません。し、それに何の違和感も感じない。ことでしょう? おそらく、エルメスのバッグとアメ横で買った似たようなデザインのバッグであれば、どちらもバッグはバッグだから同じ価値。と真顔で言う(つまりそんなものの価値観などにはまったく興味がない。バッグはバッグであり、どっちがどっちでも大した意味はない)ような、感性の持ち主でしょう。(バッグの「デザイン」には興味を示すかもしれませんが、、、)


そんな彼ですが、


私は彼こそスター!だ!


と声を大にして、言いたいです。



なぜ社会不適合で、社会のルールに従わない、ただの負け組(のように一見みえるかも)連中がスターなのか?

小林は読者をバカにしているのか?!

といったコメントが飛んできそうですが、そういう意味ではありません。

彼のように一つのことに人生のすべてをかける。ことができるテーマを見つけ、それを粛々と実行していく。 ことができる状態。を生きているうちに、自分の方向性に気づき、そして、自分の「居場所」を築くことが出来た。

これこそが、私が思う成功の奥義だからだと思うからです。

別の言い方をするならば、彼のケースをみればわかるように、努力などする必要ははなからないのです。そりゃ彼も絵がうまくなるような努力はしたかとおもいますが、彼にしてみれば、大好きな絵のことを毎日描きながら暮らせる。。。ことを努力と思わないことでしょう。

(恐らくアキバのオタクがフィギュアを辛いんだけど、(まるで苦行の一環のような気持ちで)買いに行くでしょうか? むしろ全く逆で、アキバにお気に入りのフィギュアを買いに行く前の晩から興奮して眠れない。。。のではないでしょうか?

恐らくこの画家も同じ心境かとおもいます。 すごくいいイメージが頭に浮かんでいる。朝9時〜今(午後4時を過ぎている。。。)までノンストップで描き続けている。その間、水は飲んだけど、何も食べてない(おなかがすいていることすら忘れていた。。)トイレには行ったけど、あとは「8時間ぶっ続け」で絵を描いていた。。 止められなかったら、まだ描き続けていただろう。。。

だいたいこんな光景が目に浮かびます。


どうでしょう?

苦行
努力
勉強
頑張る

といった概念は、彼の世界には存在しません。 多分、仮に絵が売れなくなって収入が無くなって、ホームレスになったとしても、あまり下界が心配する程は、影響なく今までと同じような生活リズムで絵を描いている光景が目に浮かぶのは私だけでしょうか?

つまり前編での「勉強」そして、後編での「頑張る」という日本人が誇るDNAである「二枚看板」は実は両方とも「このような状況下であれば」無用の産物だったのです。


結論的にいうならば、彼は「それ」がたまま「絵」だった。ということで、それは千差万別、十人十色でまったくOKなわけです。人様にご迷惑をお掛けし中れば極端な話、なにをやっても構わない。わけです。

例えば、生まれつき怖い顔の人は、基本的にマイナスな経験が多いかもしれませんが、たてとえば悪役専門の役者役には適任でしょうし、おしゃべりな人は営業向きといえるでしょう。怖い顔の人が訪問販売の仕事に就いたとしても、全くメリットはなく、またおしゃべりな人が、仮に、個室を与えられ、システム開発部に配属されたらどうなるでしょうか?


が、私は皆さんに(自分も含めてなのですが。。。(笑))その場合でも、「売れない画家」にはなって欲しくないのです。

大好きなことを毎日する。
でも収入がない。

ではなく、
しかも高収入だ!

の方がいいと思いませんか?


そこで重要になってくるのが先ほどの「資本主義を極める」というもう一つの発想なわけです。

画家の彼も絵と資本主義。とまったく別の、一見、相容れない世界の話のように映るかもしれませんが、素晴らしい絵をかき、更にまた、それをどうやってお金に変えていくか? といったビジネスにも長けている。

とすればどうでしょう?

例えていうならば、スティーブジョブズとゴールドマンサックスが合体したような。

あなたはそんな両刀使いをバカにしますか?

中島みゆきやコブクロのような作詞作曲編曲歌「自分」のような方々は「コマーシャル路線に走っているから下衆だ」とあなたは感じますか? むしろ逆で、どんどんビジネス化して、もっといい曲を発表してくれ!という意見ではないでしょうか? 

いい歌でも世に出ないで消えてしまっては悲しいことでしょう。 でもそんな彼ら(大多数のアーティストたち)は普通、ビジネス感覚など持ちあわせておりません。が、「資本主義を極める」ことで、この世界を知り、足(自分の)を踏み込み、極める。私の直感なのですが、彼らアーティストは「資本主義」さえもアートと捉え、儲けたお金をどう使うか?などについても、アーティスティックな発想で使ってくれそうだ…と勝手に感じております。
「アーティストでありながら、「資本家」である」こと。

ステキだとおもいませんか?

長文またまた失礼!!!

文 小林護


◎満員御礼
個別相談会、香港マカオツアー完売いたしました。それでは皆さん楽しみに致しております!

◎アラモアナショッピングセンター内 
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固定資産税 (2012年?a href=mailto:j 321.64>j 321.64ドル
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神対談
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