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[ハワイ辞典ニュース]  2013年02月22日
皆さんこんにちは


なんかここ数か月日本に行く頻度が増えてきております。そんな折、日本とハワイを毎月のように行き来する中で、見えてくるもの?があることがわかりました。


最初は自分の中でのある仮説

例えば、「これは何かおかしいのでは???」といった。から始まります。




が、80%以上は、仮説は仮説のままで終わる。

つまり進展なし。




残りの20%の中ですが、正しいか否かをはっきりしない。 よって自分の中での検証・実験・体験(といっても別に「これから実験するぞ!」と力んだものではなく、毎日の生活の中で、ふとした瞬間に気がついたり、気がつかなかったり。。




残りの20%のうち、更に80%はここで脱落(また没ネタ(笑))




ということで、最後まで残ったテーマ(ということは確率的には2%以下・・・)が私の中でメルマガで発表するに価値がある情報という位置づけなわけです。 


と、まぁ、皆さんには私のこんな普通の人にはどうでもいいような、興味や研究成果など今後の人生において関係ない。という方が圧倒的でしょう。


が、私としては、一見、無秩序にみえる現象に一定の法則や動きを見つけるのが好きで、要するに好きでこのメルマガを書いている。要は趣味。ともいえそうです。。。


いきなり前置きが長くなってしまいましたが、



今回は



ビジネスをどこまで極めるべきか?

または極めないべきか?





という少々変わったテーマについてコメントしてみたいと思います。


このテーマを論ずる前に、皆さんに一つ質問があります。

このメルマガを読んでいる多くの方は自営業(自由業)の方かとおもいますが、なぜ、自営をしているか?なぜ、自由業という仕事を選んだのか?


を教えてください。


恐らく、余程の富豪を除き、多くの方が、大なり小なり自分の可能性を信じて、何か具現的なトライをして、経済的、時間的自立をしたかった。


という意見が大多数ではないでしょう?



私の経験ですが、少々ありきたりかもしれませんが、もし、あなた(またはあなたのお子さん)が、何かに秀でていると、本当に思うのであれば、苦手な面は敢えて目をつぶり、得意なジャンルにて、その得意ジャンルの可能性をどんどん伸ばし、開花させるために、邁進すべき(環境を作ってあげる)ことが重要かとおもいます。 



日本人の中では「美的」感覚として、万遍なく、すべてのことをオールマイティに(つまり平均点が高い)こなせないと「大人じゃない」といった社会風潮がありますが、私の感覚からすると、その発想に過度に拘ることにより、人と違った何か? や人があまり興味を示さない何かにせっかくエネルギーとリソースを集中できる「能力」があるのに、そんな「世間体」を気にするあまりその子の「やる気」が削がれてしまってはまずい。。


という考え方です。そのような子供を持つ親であれば、逆にその子の特徴を生かすために、平均的を異常なまでに好む「日本」という社会感から脱出する(させる)位の発想の方が、その子の人生にとって幸せといえるかと、私は感じております。



トーマスエジソンは小学生の時に空想にばかりに浸っていて通常の勉強には全く興味を示さなかったそうです。 ある日エジソンの母は小学校の先生に呼び出しをくらい、「勉強しないなら辞めて結構です」 と脅しともとれる文句を言われたそうです(なんかどこかの国の天下の宝刀みたいですね。。)


エジソンの親は「私はこの子は天才だとおもっております。わかりました。あなたがこの子の「才能」を見抜けないのであれば、私が教育させ開花させるしかありません」といって、本当にその日から学校を辞め、お母さんが先生となって教えたそうです。。


つまり「学校」という社会通念上、子供が属していなければならない「社会」をエジソンのお母さんはぶっちぎり、その子の才能や特性があう社会を見つけ出し、そこに静かに放り込む。といういわば、常識外れの行動をとったたわけで、その結果どうなったかは、皆さんのご周知のとおりです。。。


そんなことで、少々話が大きくなってしまいましたが、もしあなたの子供が、政治に興味があるのであれば、総理大臣を目指すべき指導すべきでしょうし、ビジネスに興味があるのであれば、ビルゲイツ超え(笑)を一応目標と置くべきでしょう。


が、もしその一方で、その能力が「たいしたことがない」(たとえば私のように)であるならば、私の意見ですが、大した成功は見込めないわけですから、逆に総理を目指したり、ビルゲイツになれ!とか、まくしたてると逆にストレスだらけの人生になりかねない。 


つまり、いろいろな意味でのリスクばかりがの高い人生になってしまう。と思うのです。



皆さん想像してみてください。 あの軍事の天才と呼ばれた織田信長はどんな最期だったでしょうか? ヒットラーはどうでしたでしょうか? 軍人ばかり例に出すな? というのであれば、 それでは、世界三大宗教家のイエスキリスト(彼はユダヤ人で、一言でいうとユダヤ人でありながら、ユダヤ教と違う(相容れない)活動を(たぶん天才があるがゆえに)始めた・・・)はどうだったでしょう?


或いは、 「ブルータス・おまえもか?」 で有名なローマ帝国歴史上屈指のヒーロー、ジュリウスシーザーは最期は暗殺されてしまったわけですが、体中に、28か所の刺し傷があったそうです。。

 

少々血なまぐさい話になってしまいましたが、何を言いたいか?といいますと、キリストやシーザーや信長といった、世が認める天才中の天才でさえ、そんな最期になってしまっているわけです。。。

ってことは我々のような凡才はどうやって生きていけばいいのか? 

おそらく凡人は凡人らしく、もっと違った生き方をする方が楽しいのでは?と私はおもってしまうわけです。



私は今まで、1000名以上の「社長」や「会長」という大きな会社を含めた肩書きの方にお会いしてきましたが、そんな社会では「勝ち組」と呼ばれている方々と実際にお話ししてみた、率直な感想は、、(表情など感じる中で思ったことは)彼らの多くは見るからにストレスフルで、あんまし魅力的な人生じゃない(常に何かに追われているようで、少々悲壮感ただようなぁ・・・)とすら感じました。


たしかに、事業で成功しているから、お金もいっぱいあるでしょうし、ある程度有名人かもしれませんし、部下もたくさんいるようでした。が、何か、私のハートは、そんな彼らに魅力を感じることはありませんでした。(たぶんこれからの人生でも一生ないような気がする・・・)






なぜか???


いろいろな検知があるのかとおもいますが、私なりの感想を述べるならば、肝心かなめの「自由」が不足しているように思えたのです。 





自由がない。




とはどういう意味か?


私なりの解釈ですが、自由は2つの要因によって成立するとおもいます。 1つ目は、「時間」の自由です。もう一つは経済的な自由です。


いろいろと、話をしている中で、「社長、あなたが凄いのはよくわかりました。お金持ちなのもわかります。 あなたは十分に偉いんだから、仕事は優秀なスタッフに任せて、一か月位、ハワイで私と遊びましょうよ?」 というと、


「いいですねぇ〜・ぜひとも」


というお答えが一応返ってきたりします。


私は間髪入れず、


「それなら、さっそく明日からどうでうか?」


と再度お尋ねすると、


怪訝そうな顔をし、、、少し間をおいて、「遊んでいる暇などない。私はとても忙しいし、現にこのあと(私との打ち合わせの後)打ち合わせが2件入っているし、夜も会食だ。 また明日も朝の9時に、スタッフに朝礼のあいさつをしなくてはならない。。。


と、これまた、言ってることとやってることが全然違うじゃん!!!

となるわけです。


この社長曰く、


自由がない = さも偉い


とでも思っているふしがあるのです。。






ところで、皆さん。



1960年代の3種の神器は

白黒テレビ

冷蔵庫

洗濯機


だったそうですが、恐らくその時代の名残り?なのかもしれませんが、多くの日本人は何か「新しく高価なモノ」→(かつあまりまだ世間一般の人は手にしていない)を所有する行為こそが贅沢であり、つまり勝ち組である。 という思考回路を持つようです、、、


私の考えですが、今の時代なら「何を持っている人」が、勝ち組なのか?


もちろんお金がないと話にならない。点はいうまでもありません。

が、上述しましたように、お金(や地位)がある人でも、とても勝ち組にみえない?(といいますか、大局的に見た場合、有名大→一流企業(のトップ)という人でも「日本という国家単位」の立場からみるならば、


「普通の人より多少多く税金を納めている人」程度のものであり、その方と、電車でたまたま隣にすわったAさんやBさんの一生とは、実は大差ありません。(同じ納税用紙に同じ時期に出向き、提出する(ただ数字が多少違う)だけのことです。


それよりも、上述の例を続けるならば、たまたま電車で隣にすわったいい年した大人なのに、フィギュアの本を黙々と読んでいるAさんの方がひょっとしたら、「自由」の大きさ(自分で自由に意思決定するという点)からすると、エリート社長よりも上かもしれません。





話を戻しまして、それなら、何を所有している人が勝ち組なのか?


の答えですが、私は

「時間的自由」をたくさん持っている人生


こそ、最高の人生だとおもっております。 


たとえば、今日「やることがない」(予定が全く入っていない)これは私にしてみれば究極的な幸せといえます。 


生という平均して80年もの「空間」に「時間」という概念がない。あまりないわけです。「自分のしたいこと以外を強要されることがない」人生こそ最高ではないかと。


それではなぜ、ビジネスをすべきか? それは、ビジネスをすることにより、そんな「自由」を得ることができるから。


と。私は考えております。お金はそんな自由を手にするのに必要なツールではないか。と。


と、いいますと、そんな夢のような話は日本人としてこのような時代(社会背景)の時代に生まれてきてしまった以上、現実的には無理だ!という意見の方が結構います。






昔の日本はよかった・・・


とか、


今の日本人に生まれたから自分は自由がない・・・

自分は不運だ。。。



といった趣旨の発言なわけですが、私は断言できます。「そんなことはありません。今の時代の方が全然環境的にはベターです」と。 (多分その人は「思い出は美化する」のを忘れてしまっているのでしょう)








なぜそう言い切れるか?


たとえば、自由のレベルを比較してみましょう



たとえば、あなたがどんなに自由を望もうと、共産国家に生まれてきてしまったら、「そもそも海外に出れない」可能性があるわけです。 それどころか、国内での移動の自由も原則制限されている国もあります。

当然職業選択の自由や、表現の自由もない。。また

インターネット検索も、国家の検閲をパスしたものでないとアクセスすらできない。。。


それは極端な例???



それでは皆さんご存知でしょうか?


あなたがもし円をもっていたら、今の時代、日本の法律では、円の海外持ち出し制限はありません。 が、ご存じでしたでしょうか? 


1960年以前の日本人は、海外に一日2000円までしか持ち出すことができませんでした。


スペルミスではありません。 2000万円ではありませんよぉ〜 「2000円」です。(1960年にこの金額は2000円から2万円に変わった。)


つまり、どれだけお金があっても(仮にそのお金が一発宝くじで当たったものであったにしても)海外持ち出しが事実上できない以上、当時の日本人は、日本でしか使えないため、、海外で生活したり、留学したり、買い物や旅行をしたり、、、という発想は日本人であったにしても当時は基本的にできなかったわけです。



話が、円になりましたのでご参考までに、お知らせしますが、皆さん日本人でよかったですね!!(しかも今の時代を生きている日本人で) 


なぜか? それは円の価値が高いからです。 今が30年数年前でしたら一ドルは360円でした。つまり、ハワイでマクドナルドにはいると、「ビッグマックセット」は2200円(ホテトとドリンク付き)になるわけで、これを仮に家族4名で同じものを頼むと、8800円(ハンバーガー4つとポテトとジュース4つで)となるわけです。 


マックでそれですから、これが「アワンウォン」だったらどうなりますか? おそらく、一か月の給料は3日でなくなる。。。。ことでしょう。→というか前述のとおり、一日2000円しか持ち出せないから、そもそもそんなことを考えるのも空理。。



と、私が書きますと、君!それは30年前の話だろう!いくらなんでも、そんな昔話をいましても意味がないではないか?と訝しむ方がおりますが、私がいいたいのは、今の時代でも、一ドル360円程度のドル替えのレートになってしまう国はゴマンとある。ということです。


つまり、われわれは、日本人で、通貨が世界標準からみると驚愕するくらい高価な円で大半の所得を得、今の時代(持ち出し制限もないし、アメリカへの旅行なら、ビザさえもいらない・・・)というものすごい恵まれた条件の中で生活をしているわけです。。 


が、日本に来るたび、少々驚くことは、その他の国の人には真似したくても物理的にできないとてつもないメリット(しかもそのほとんどはあなたが凄いから得たのではなく、たまたま、今の時代の日本という国に生まれてきたから。という偶然の産物)をほとんどの日本人はメリットと思っていない。。というか、メリット・デメリットという観点はなく、ほとんどスルーしてしまっている。と感じるのです。。



これは、たとえて、いうならば、金塊や銀山があっても、その価値がわからず、ただの「光る石」程度の認識で、わけもわからず、じゃんじゃん海外に輸出していたころの江戸時代(実際スペインとポルトガルと国交があった当時の日本からの大きな輸出品は銀と銅だった)の鎖国時代の幕府と同程度の認識で、それ(金、銀、銅がヨーロッパでは、貨幣と同じ意味をもつ「石」だったとは夢にもおもっていなかったのだろうか、、、)


それとも、それを知ってはいるが、日本には石以外に海外が望むものはなかったのか?(例えばインドネシアやインドの「胡椒」のような…)


あるいは天然記念物のトキを、腹が減ったから、焼き鳥にして食っちゃった。 という感覚にもちょっと似ているように思えます。



はっきりいいましょう。


今日本(人)が幸せな人生を贈る。最大、最強のテクニックは海外にあるもの(それがモノであるか、サービスであるか、あるいはビジネスモデルであるとか、、、、)を利用(流用する)という発想をもつことです。


「海外で・・・」英語がわからない。。。

となるかもしれませんが、



といっても大して難しいことはありません。


まず、われわれの諸先輩が築いた信用と実績により今の世界基軸通貨並の価値のある円を日本国内で使う。という発想を止めるべきでしょう。


円はあなたの世界屈指の力を持つ(今のタイミングであれば)友達なわけです。円を国内で使ってもまったく為替を享受することができず意味がありません。 優秀な人材(円)を日本だけで「寝かしておく」商社のようなもので、要はこれは機会損失と思った方がいいでしょう。



あれれ、、、

自由人の話をしようと思ったら、なぜかドル円の話になってしまいました。


長すぎると皆さんお疲れになるでしょうから、次回はこの続きをしてみたいとおもいます。




◎ 個別相談会のお知らせ

次回の個別相談会ですが、まだ正式決定ではありませんが、来月の15〜17日(東京)18日(博多)になりそうです。 また正式に決まりましたらお知らせさせて頂きます。 今回は夜会@博多も検討しております! 地元の方是非ご参加ください。



◎キャバクラ買いませんか?


ハワイで業績好調なキャバクラ(ワイキキではない)が欲しい方いましたらご一報ください。(現在国内で10店舗経営している方が保有しており、共同オーナーという形で行けるかもしれません。(その方が継続して経営できます)




◎ 円で何かを買うか? 大手企業のような凄いことはできませんが、個人でも為替と不況を逆張りにするという発想で稼ぐことが出来ます。


答えは簡単です。 それは海外不動産です。 円が高い。海外では相場が上がってきている(円の価値はこれから数年落ちる)という状況です。 ビジネスはある程度の資金が必要になりますが、不動産の場合は300万円程度(3000万円のミスプリではありません)からスタートできるのをほとんどの日本人は知りません。


※私は、なぜ知らないんだ??と少々訝しく思い、そこらじゅうの「本屋」でその手の雑誌を斜め読みしたのですが、やっぱりその手の情報はまったく記載されておりませんでした。。→つまり本当に日本人のほとんどはアメリカの不動産が300万円で買えることを知らない。と。


ご参考までに、現在あるKCFメンバーが購入を検討している不動産の画像を添付しましたのでご査収ください。

―概要―


5ベッドルーム(5LDK)で、既に月850ドルで既に2012年1月からのテナント。(買った次の月から家賃収入)


管理費家賃の10%

保険料(概算・850ドル)

税金 (2012年 1253ドル)

価格 36000ドル→今のレートで掛け算してみてください。



それでは皆さんまた来週!


文・ 小林護

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