Enjoy HAWAIIJITEN

[ハワイ辞典ニュース]  2012年02月14日
皆さんこんにちは

今年の冬はどうもは雨が少ないなぁ・・と思っていましたが、一転して、ここ最近ハワイの冬らしい雨風の強い天気が増えてきたようです。。 


さて、前回のメルマガで確か、もっと「感覚」で動いてみましょう。

とった趣旨のコメントさせて頂きました。
実は、前回のメルマガを書いている間、今回は少々のテーマは少々「私の独りよがり?」過ぎる内容なのでは???

と思ったりしましたが、皆さんからの反響は概ね好評だったようです。ので、今回もその続編をやってみたいとおもいます。



仕事柄なのか、、

私はよく「日本とハワイ、どちらが住みやすいですか?」という質問を受けます。
 
人それぞれイロイロな考え方、感じ方があるかとおもいますが、

私の個人的な見解ですが、、「中庸的」なものの考えの方(大まかにいうと、大きな成功を望んでいないが、大きな失敗も嫌というタイプ)は、圧倒的に日本の方が住みやすいと思います。 (これについては後述します)


その一方で、、性格的に少々問題ある と思われる方(失礼!)

は日本よりもこちらの方が断然いいように思います。 

性格的に問題がある。とはずいぶん、偏った言い方かもしれませんが、ここでいう「問題」とは必ずしも、本人に非があるのではなく・・(むしろ逆で、本人は人一倍悩み、また懸命に頑張っているケースがほとんど)にも関わらず、現在の日本という特殊な社会システムにどうも適合できず、最終的に、周りからは「問題がある人」と思われてしまう様なタイプの方を指します。


逆に、それでは日本という社会システムに問題なく「融合できるタイプ」とはどういうタイプか?

私は、こちらと日本に22年づつ住み、日本とハワイを今までに50回以上往復しました。 その感想を率直に申し上げますと、日本には日本だけで通用する独特の鬼の「掟」があるように思えます。

例えばですが、日本人は:

●圧倒的に「普通」 や 「並」を好む。 

普通(や並)であることが日本人として機能するためにはベストという考え方。 ベストは尽くすが、あくまでも「普通」でいたい。 目立ちたくない。

●空気が読める人間 > 仕事のできる人間 

実際に仕事が出来てもKY(又は気使いができない)タイプは総じて評価が低いという考え方。

●仕事(就業)時間がやたら長い人間 > 仕事を効率的にこなし、結果的に定時で帰宅できる人間。 

自分の作業効率が悪いから就業時間が長くなっているにも関わらず、本人はそれ(漫然と長く働くこと)が、会社に尽くしている。と勘違いしており、また回りの人もそのような自己犠牲?自虐的な考え方に、ある程度共鳴しているケース

●圧倒的な集団思考。

集団で行動しないといけない。(あるいは、何かの組織に属していないといけない) という脅迫観念にも似た社会通念。 1人で考え、決断し、動く。といういう発想はNG。

このような世界的にみて、類を見ない独特な(少々自虐的とも思える)慣習(つまり鬼「掟」)に馴染む(また、それがおかしいと解っていても問題提議しない)方だけが成功(というか、周りから支持され、結局出世していく・・・)

というピラミッド構造に日本という社会システムそのものがなっているように見えることが少なくありません。



そして、そのような「日本人的に動く」という発想や行動が結果として、過度のストレスになっている。と聞きます。

つまり、極論を云いますと、

「日本で日本人をやる」のは当の日本人(つまり鬼掟を熟知している人たち)でもかなり疲れる。

ということが云えそうです。



「日本人的な動き」をもう少々掘り下げてみましょうか。


例えば、美術(小学生でいえば図画工作?)の授業で

テーブルの上に乗っているリンゴの絵を描く。(写生)

ことになったとしましょう。

ほとんどの先生はこの場合、眺めた光景を忠実に描く。

あるいは、

または教科書によく手本として載っているような、有名な画家をモチーフにした(要するにプロのパクリ)のように描く。

といったタイプの作品に「及第点」を与えるのではないでしょうか?

その逆で、例えば、ある変わった生徒が、空想を巡らせて、金色のリンゴを描いたとしても、恐らく、その生徒の作品はあまり評価されないことでしょう。

(金色のリンゴは実際には存在しない。という理由から)

私はここで金色のリンゴを描くごく少数の変わった生徒を、赤いリンゴを忠実に、かつ画一的に描く絶対的多数の生徒よりも、ある意味、もっと高く評価するタイプの社会システム(何かの数値ではなく、感性という違った角度で生徒を評価するシステム)という基準値が存在してもいいのでは?

と思うのです。


金色に見えたのは恐らく、その子の感性であり、他の子とは違った見え方(感覚)がある。ということなのでしょう。 

しかし現実には、
小学生の間は徹底して、、、

金色のリンゴ → みんなと違う Or 教科書に載っている絵と全然違う → 落第点をもらった。 

といった社会の「常識」をゴリ押しされる。

毎日なのではないでしょうか。
恐らく、その子は次に似たような授業があっても、おそらく、金色に見えても、リンゴは赤く描く。ことになるでしょう。

これが私の言う「中庸」路線のはじまりです。

つまり、せっかくのクリエイティブ能力の芽を初期段階から摘んでしまっている。。ように思えるのです。 

私の経験ですが、

リンゴが金色や黒に見えるような子

は、別の分野でもそのようないわゆる「変人」ぶりを発揮していることが少なくありません。 成績は総じて悪い(リンゴを黒く描けば、そりゃ、成績は悪い)、また、忘れ物も多い。(右脳が左脳より著しく発達しているから当然そうなる)友達がほとんどいない。。。常識から逸脱した子(大人でも)を日本人は一般的にみて嫌う傾向がある。かと。


が、一方で、

リンゴを金色に描くセンスを持ちつつ、
ピアノを弾かせたら別人になった。 とか、絵の画法が天才的だ。とか、暗算の能力が突出している。 とか、、、 いうケースも少なくありません。

ぶっちゃけ、私は東大に入るような方はむしろ上記のようなタイプの方が多いとさえ思っております。(何か一点(東大に入る方は勉強という能力)が突出していたのだ。と。。)


話を戻しまして、、、
私は、実は、そんな学校での「ワケありのおちこぼれ」こそが、将来その独創的な考えをどんどん飛躍させ、経験を積み、やがて社会に出て、AppleやGoogle、そしてFace bookといった今まで誰も思いつかなかったビジネスモデルを「平然と・・」と作ってしまうのでは。

と感じてしまうのです。

よく、日本では、故スティーブ・ジョブスのような人間は生まれない。 といった趣旨の発言を聞くことがありますが、

私は日本人にそのような人が少ないのではなく、(それどころか、昔から、「物造り」に長けている日本人はDNA的にもイノベーティブな輩をじゃんじゃん輩出してきていた。。)

その理由は、そもそも、そのような奇想天外な発想は、学校教育上、必要ない(上の例でいくとリンゴを金色に描くような変な子は必要ない)と画一的な価値観(いわゆる中庸的な)のみを教育しているからにおもえてしまうのです。


話が少々硬くなってしまいましたが、、、

冒頭申し上げましたように、日本とハワイ、自分はどっちが合うか?というクエスチョンですが、

上述の多分に「性格による」という意味はこういう意味なのです。





少々長くなりましたが、そんなことで、少数派のどうしても「リンゴが金色」に見えてしまうアナタ!(笑)、、または、金色のリンゴを学校で描いてきたお子さんがいらっしゃるアナタ! 思い切って、海外に出てみましょう。

こっちにはアナタが思っている以上に金色や紫、はたまた、リンゴは四角い!といった見方をするアナタと同じ輩が(時に先生までも、、、(爆))結構いて、そして立派に市民権を得ていること気がつくことでしょう。 そんな環境がアナタやアナタのお子さんにとっては「良い」環境なのかもしれません。



それでは皆さんまた来週!


小林護  拝



●今週のお勧め動画
http://www.youtube.com/watch?v=518XP8prwZo&feature=related




バックナンバー

y[WTOP
Copyright 2014 Kobayashi Consulting Firm, inc.n